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東北から日本の未来を切り拓く
インタビュー 2015年2月1日

東北から日本の未来を切り拓く

高橋博之

2015年2月、東北オープンアカデミーの具体的なプログラムが始まります。東日本大震災で受けたダメージをから、むしろ「新しい街」「新しい未来」を切り拓いていく「人」「担い手」をエンパワーメントし、ネットワーク化していくことを目的に、現地でさまざまなプログラムを実施していきます。そこには「まちづくり」「コミュニティづくり」「産業創出」といった大きなテーマと共に、具体的に解決すべき課題が横たわっています。ここではキックオフを前に、東北オープンアカデミーとはどんなプロジェクトなのか、どのような人に関与してほしいのか、実行委員で、震災後に「東北食べる通信」を発刊したNPO法人東北開墾(岩手県花巻市)の代表理事、高橋博之さんに話をうかがいました。
高橋博之 氏[東北オープンアカデミー・運営委員/NPO法人東北開墾・代表理事]

東北オープンアカデミーをはじめる理由
震災で失われたものは、あまりにも大きかった。だからこそ、それを無駄にしないために「震災前よりももっといい街を作ろう」、そうみんなで互いに言い合って活動してきたと思うんです。「復旧」ではなく「復興」だと。でも、実際にこの3年の間には「元に戻そう」というエネルギーが強くて、若いリーダーの心が折れてしまう場面がいくつもありました。確かに世代間に考え方の違いはあるけれど、有事だからこそ気づかされた新しい価値観については誰もが認めたはず。東北オープンアカデミーでは、その価値観を、まちづくりやコミュニティ再生、産業創出の現場で活かせる「人づくり」をテーマに、具体的な体験プログラムを実施する社会実験プログラムを設計しました。

なぜ東北を舞台に始めるのか
震災を経験した東北は、日本の中で「課題先進地域」と言われています。加速する過疎化、そして高齢化、一次産業の衰退など。これから日本のどの地域も直面するであろう課題が、いち早く東北で顕在化しました。それには待ったなしで答えを出さなければなりません。良くも悪くも評価はされるだろうけれど、むしろチャンスだし、チャレンジできることは名誉だとも思います。なぜなら、新しいモデルを作れるし、何より同じ境遇の人たちを助けられるからです。さらに踏み込んで言えば、日本は世界からみて「課題先進国」。東北はその中で先頭に立ってしまったわけですから、世界の先頭を走っていることになります。東北が「世界の課題先進地域」なのです。同時に、それは参考にできるモデルがないことを意味します。追いかける背中が見えない以上、自分達で先進事例、つまりフロンティアを作る必要があるんです。これまでの日本は経済で世界をリードしてきたけれど、これからは課題解決で世界をリードできるはず。その口火を、日本の課題先進地域である東北で切ることは、ある意味必然だと考えています。

高橋博之-のコピー
取材中の髙橋博之 氏

この活動は復興支援なのか
丸3年が経ち、震災の記憶は風化する一方です。自分はむしろ復興という文脈が通じないステージに入ったと認識すべきだと考えています。そもそも東北は、震災を抜きにしても、一年の数ヶ月間を雪に閉ざされる厳しい生活環境に置かれてきました。だからこそ、互いに助け合い、知恵を絞り、自然と向き合いながら生きていかざるを得なかった土地です。「奪い合えば足りないものも、分かち合えば余る」。東北にはこの感覚を持っている人が多く、それが東北の良さだとも思います。遡れば、飢餓の歴史もあるし、中央政府から虐げられてきた歴史もある。言い換えれば、東北は震災前からずっと難しい課題に向き合わざるをえない状況の中に常に置かれてきたとも言えます。震災という大きなダメージは受けたけど、それは元々横たわっていた課題が他より早く顕在化しただけに過ぎない。だから、この一連の取り組みは日本の再生そのものと捉えています。

大事なのは「人」、そして「ネットワーク」
東日本大震災をきっかけに、東北に関与してきた人は多いと思います。経験を生かそうと飛び込んできた人も多いし、逆に高いスキルを期待されて呼ばれた人もいたと思う。東北オープンアカデミーの運営メンバーも、実はそういう人たちで構成されています。私たちのように、震災後の活動を通じて、東北の人たちだけでなく地方から自立する必要があると考える人たちが、ネットワークでつながったことは大きな財産と言えます。そこにはさまざまな考えやノウハウが集まっている。自分はいつもこう言います。「今の東北は、幕末の京都だ」と。「東北から日本の未来を切り拓く」。そのような考えを持つ人が集まり、密度が高まることで、はじめて、東北から新しい社会づくりの萌芽を生み出すことができると思っています。

おかわりライブ@仙台
「東北食べる通信」おかわりライブ@仙台

都会と地方の関係性について
震災後、ボランティアや復興事業でやってきた都会の人に、東北の被災地は救われてきたとばかり思っていました。でも、実際に目の当たりにしたのは、都会の人が、生きるスイッチをオンにして帰っていったことです。東京の人は言います。「生きる喜びがわかない」と。自分も東京に出て戻った人間ですが、当時は息苦しい田舎を逃げるようにして都会に出て行きました。でも、都会にその答えはなかった。今はスマートフォンなどのテクノロジーのおかげで生活は快適で便利になったけど、その分、人に直接関わる必要がないし、波乱や混乱に直面することも少ないので、生きている実感がわきにくい。こうした状況を背景に「生きる実感」「生きる喜び」「人との関係性」に飢えた人が増えてきているように思います。一方、東北の被災地には、それまでなかった高いスキルやノウハウが、都会の人たちによってもたらされ、課題解決力をあげました。両方が交わることで、両方を同時に救える道があるのではないか。東北オープンアカデミーでは、それを実現できる場になると考えています。

目指す先は「移住」か「交流」か?
震災前は岩手で県議会議員をしていました。その時は「岩手の中で岩手のことを解決しよう」と考えていた。そのための人材は岩手の外にいる人をUターンやIターンで獲得することしか頭にありませんでした。でも、地方には仕事もなく、教育や医療の環境も都市より整っていないので、若者の移住のハードルは依然高いと言えます。また、一過性の観光も消費されてその地域の底力をかさあげするところまでいかない。養老孟司さんがおっしゃる「平成の参勤交代」という言葉がありますが、これは「移住」と「観光」の間にある新しい生き方の概念だと捉えることができます。観光という短い時間ではなく、都会の人が一年のある一定期間に特定の地方に通い、その土地の人間と関係性を紡ぎ、一緒になってその土地の文化や自然などの価値を守り育てることを意味します。自分は震災でこの必要性と可能性に気づきました。地方再生には観光も定住も大事ですが、もっとも現実的かつ効果的選択肢として「平成の参勤交代」で都市と地方をかき混ぜルことが大事だと思います。都市と地方の新しい関わり方、「平成の参勤交代」を東北オープンアカデミーは提案し、実現していきたいと思っています。

「地方か都会か」の二軸ではない、これからの関係
戦後、家を継ぐ立場にある長男は田舎(地元)に住んで農漁業に従事し、次男以下の兄弟が出稼ぎでつくったところが東京などの大都市です。なので、その時は田舎(長男が住む場)と都会(次男以下の兄弟が住む場)はいわば兄弟の関係にあったと言えます。だから、帰省ラッシュがあった。でも、今は世代が何巡もして、帰省するふるさとがない都市住民が増えています。その人たちは田舎、つまり地方のことを全く知らない。あと30年もすると、帰省ラッシュもなくなると言われています。そうなれば、都市と地方の断絶は決定的となります。僕は、たとえ血のつながりがなくとも、都市住民が地方で暮らす人たちと価値でつながり、そこにふるさとを新しくつくればいいと思っています。被災地ではそうした関係性が幾重にも結ばれました。実際に若い女子大生やOLが、東北の田舎に行ったり来たりしました。すると、最初は怪訝そうな顔をしていたじいさん・ばあさんも、段々と自分の娘のように接してくれるようになっていきます。逆にその女子大生やOLにとっては何かあったときに相談できる親のような存在になっていきます。地縁血縁がなくても、心の拠り所、命が喜ぶ場所を自分で作ればよい。そこが新しい価値で結ばれたフルサトになっていく。東北オープンアカデミーは、フィールドワークやカンファレンスを通じて、新しいフルサトの姿を可視化していきます。

寒中野菜をかじる髙橋編集長(2014年1月号)
寒中野菜をかじる髙橋博之 編集長

震災で得た「関係人口」を日本に広げる
東北オープンアカデミーでは、震災後3年の間に起きた出来事から学んだこと、すなわち地方の課題解決を担う「関係人口」の拡大を平時の日本に提案していきます。震災後、岩手県陸前高田市に関わった人はボランティアも含めると数十万人になります。一方で、近隣の一関市は10万人の人口がいるけど、関係人口は少ない。陸前高田は人口2万人を切ってしまったけど、どちらの未来が明るいか問うてみたい。「関係人口」をまちづくりに継続的に取り入れる仕組みが今はないので、これから作る必要はあります。もちろん、今から復興ボランティアはもうない。だからこそ、フィールドワークという具体的なコンテンツ、プログラムを通じて、まずは「関係人口づくり」から始めていこうというわけです。言い方を変えれば東北各地に「準住民」を増やすイメージです。

あえて人にほだされてみて
震災後、大きな会社の名刺を持っている人が、都会では埋められない価値を求めてやってきたのを何人も見ました。「都会(の人)も行き詰まっているんだな」と感じました。東北オープンアカデミーは、今の社会の延長線上に未来を感じられない人にとって答えに迫れる場になると信じています。すでに、被災地には地域再生や新しい挑戦を始めている人たちがたくさんいます。現場にはいわゆる「言い出しっぺ」がいるので、この人たちの情熱に触れることからはじめてほしい。その人たちには、心を揺さぶる言葉があるからです。「人にほだされる」ことは良い経験ですし、今の東北にはそういう現場が多くあるのです。

山形県真室川の甚五右ヱ門芋の生産者と
山形県真室川の甚五右ヱ門芋の生産者と

答えは出るのか出ないのか?
そこには、待ったなしで課題に答えを出そうと、もがいている人たちがいます。うまくいっているものばかりではありません。なぜ、うまくいかないのか? 原因は何か? これらを一緒に考えてほしいのです。壁にぶつかりながらもくじけず、そこに居続けるリーダーの姿勢に触れてほしい。そして、彼らと関係を構築していくなかで、1センチでも課題解決に近づいてほしい。そのためにこそ、主体的にコミットしていってほしいんです。すぐに答えが見つからなくても必ず明るい未来(フロンティア)を探し出せる、そう信じているリーダーたちと、その価値観を分かち合ってほしいと思います。東北オープンアカデミーはそのための「考える場」なのです。

2014年1月号
「東北食べる通信」

「東北食べる通信」と重なる部分
考える場としての表現のひとつに、東北開墾が発行する「東北食べる通信」があります。生産者の哲学、世界観、生産現場の苦労や感動を特集した冊子とともに、その生産者が育てた食べものをセットで送るサービスです。震災前から一次産業は後継者不足、稼げない、だから若い人が見向きもしない、なんとかしないといけない状況にありました。でも同時に、人間がコントロールできない自然に働きかけて命の糧を得る生き方を見て感動しました。それを食べて、もっと感動した。今の社会が喪失した価値を感じたんです。でも、日頃、食べ物の裏側、つまり生産現場にいる人は、私たちには見えない。得られる情報は、食味や見た目、カロリーなど、消費領域の話ばかり。震災で、あらためての食べ物の裏側を見ることができたので、それを伝えなきゃと思ったのが、「東北食べる通信」をはじめたきっかけです。読者は読んで食べた後、生産現場での出荷祭りに参加できるなどの一連の体験の場を提供しています。東北オープンアカデミーも、具体的な体験の場を提供するプロジェクトです。そういう意味では、同じ方向を向いているし、これまで発行を通じて体験してきたことを共有できると思っています。

高橋900_2
高橋博之 氏

——こんな人に東北に来てほしい
都会の人たちは、「早く成果を」と急ぐけれど、実際はそうはいきません。これまでの3年間を眺めてみると、課題解決の表面だけを刈り取って、具体的に表現しアピールできる人(ところ)に資金が集まっていたように思います。それはそれで関心と共感を集めることにつながったのかもしれないけど、実際に手を突っ込まなければいけないのは表面に表出した課題の根っこ。そこを変えないと、刈り取っても刈り取っても課題は繰り返されることになる。ここは時間がかかるんです。食べ物の裏側にいる人、地域再生の裏側にいる人、産業創出の裏側にいる人。みんな1センチ進むために、現場で汗をかいている。そうした現場を知った上で前向きに、できれば一緒にコミットしたいと思ってもらえる人に、ぜひ東北に来てほしいのです。待ってます。

聞き手:長瀬稔(三陸経済新聞)

高橋博之 | 東北オープンアカデミー・運営委員/NPO法人東北開墾・代表理事

1974年、岩手県花巻市生まれ。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補、初当選。翌年の選挙では2期連続のトップ当選。政党や企業、団体の支援を一切受けず、お金をかけない草の根ボランティア選挙で鉄板組織の壁に風穴を開けた。2011年、岩手県知事選に出馬、次点で落選。沿岸部の被災地270キロを徒歩で遊説する前代未聞の選挙戦を展開した。その後、事業家へ転身。“世なおしは、食なおし。”のコンセプトのもと、2013年に特定非営利活動法人「東北開墾」を立ち上げる。史上初の食べ物つき情報誌『東北食べる通信』編集長に就任し、創刊からわずか4ヶ月で購読会員数1000人超のユニークなオピニオン誌に育て上げる。昨年、一般社団法人「日本食べるリーグ」を創設。四国食べる通信、東松島食べる通信など、すでに10誌が誕生。“都市と地方をかき混ぜる”というビジョンを掲げ、3年間で100の「ご当地食べる通信」創刊を目指し、日本各地を飛び回っている。